3代横綱

丸山 権太左衛門
(MARUYAMA GONDAZAEMON)


-頭の上の丸いコブ-
1713年頃に現在の宮城県登米市にて郷士の子として生まれる。幼名は芳賀銀太夫。

幼い頃から剛力として知られていたが、性格は温和であった。仙台藩主・伊達忠山の勧めもあり、仙台相撲入する。師匠は七ッ森折右衛門である。

頭の上に丸い山のようなコブがあり丸山という四股名になった。


-三都で大関に-
当初は力任せの相撲を取っていたが、徐々に巧さを身につけて敵なしの強さとなる。江戸、京都、大坂での興行では毎度、大関として活躍した。当時の相撲界では第一人者だ。

怪力とは裏腹に俳句を嗜む風流人でもあった。

1749年、九州での興行の際に発病して11月14日に客死した。赤痢とも言われている。

1894年に陣幕により横綱に祭り上げられ、相撲協会も踏襲した。実際に吉田司家から「故実門人」の称号を得ている。これは後年、横綱免許に相当すると解釈されることもある。
                         

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