-貴花田との決戦-
1991年3月、寺尾は快進撃を続ける東前頭13枚目の貴花田の止め役の指名された。当時19歳の貴花田は初日から無傷の10連勝。小結の地位にあった寺尾がそれを迎え撃つ。

大方の予想は三役の寺尾優位とするもの。立合いから寺尾が回転の良い突っ張り、そしていなしと得意のパターンで攻勢をかけたが、貴花田もこれに対応する。そればかりか突き合いの旗色は貴花田の方が良い。寺尾がいなしと喉輪で一度は貴花田を赤房下に追い詰めたが、貴もこれを反り身になりながら凌ぎ、最後は寺尾を押し倒した。

寺尾はこの時、相当の悔しがりようで下がりを叩いて悔しがっていた。貴花田というと翌5月場所の千代の富士戦がターニングポイントとして名高いが、この寺尾戦こそ「貴花田は本物だ」とファンは喜んだものだった。その意味でこの一番こそが貴花田のターニングポイントとする声もある。

寺尾自身はこの取組が「一番悔しかった」と語っている。

しかし、これで遺恨が発生したわけではなく、2012年の理事選では一門の九重(千代の富士)への投票方針に反して、貴乃花に投票している。

その千代の富士には1989年11月場所5日目に何か違う目的を持っていたのでないかと想像させる吊り落とし(現在なら送り吊り落とし)で敗れている。さすがの寺尾もこの一番は快く思っていない可能性が高い。

なお、千代の富士に吊り落とされた一番はなぜか日本相撲協会ウェブサイトの歴史に残る名勝負のページに掲載されていて、動画を見る事が出来る。もし、朝青龍が千代の富士と同じ事をやれば、また「綱の自覚が…」などと言われていただろう。


-晩年、引退-
30歳を超えてもなお、回転の良い突っ張りで活躍したが、晩年はそれだけではさすがに苦しくなり、父である鶴ヶ嶺を彷彿させるもろ差しを見せるようになった。

ベテランになっても小さい体で気持ちの良い相撲を取っていたから、人気は非常に高く、欠かす事が出来ない脇役であった。

そんな寺尾も2000年7月についに十両落ち。十両でも現役を続行し、01年3月には幕内に復帰したが、2場所後に再び十両に。その後も十両で奮闘したが、02年9月場所後についに引退。

千代の富士時代から相撲人気を支えた名脇役がついに引退した。


寺尾幕内全成績
1985年 3月 西前14  6勝 9敗
1985年 7月 西前12 10勝 5敗
1985年 9月 西前 2  6勝 9敗
1985年11月 西前 5  7勝 8敗
1986年 1月 東前 7  7勝 8敗
1986年 3月 西前 9  8勝 7敗
1986年 5月 西前 4  4勝11敗
1986年 7月 東前12  8勝 7敗
1986年 9月 東前 8  9勝 6敗 敢1
1986年11月 東前 1  6勝 9敗
1987年 1月 西前 4  6勝 9敗
1987年 3月 東前 7  8勝 7敗
1987年 5月 東前 2  5勝10敗
1987年 7月 東前 5  7勝 8敗
1987年 9月 東前 6  6勝 9敗
1987年11月 西前 9  8勝 7敗
1988年 1月 東前 3  7勝 8敗 金1
1988年 3月 西前 3  6勝 9敗
1988年 5月 西前 6  8勝 7敗
1988年 7月 西前 1  6勝 9敗
1988年 9月 西前 4  7勝 8敗
1988年11月 東前 6  8勝 7敗
1989年 1月 西前 1  8勝 7敗 殊1金2
1989年3月 西関脇  5勝10敗
1989年 5月 東前 3  7勝 8敗
1989年 7月 西前 3 10勝 5敗 技1金3
1989年 9月 西関脇  8勝 7敗 敢2
1989年11月 西関脇  8勝 7敗
1990年 1月 東張関  7勝 8敗
1990年 3月 西小結  8勝 7敗
1990年 5月 東関脇  7勝 8敗
1990年 7月 西小結  8勝 7敗
1990年 9月 西関脇  9勝 6敗
1990年11月 東関脇  5勝10敗
1991年 1月 東前 2  8勝 7敗 金4
1991年 3月 西小結  8勝 7敗
1991年 5月 東小結  5勝10敗
1991年 7月 西前 3  6勝 9敗
1991年 9月 東前 7  8勝 7敗
1991年11月 東前 4  6勝 9敗 金5
1992年 1月 東前 8  8勝 7敗
1992年 3月 西前 4  8勝 7敗
1992年 5月 東前 2  2勝13敗
1992年 7月 東前13  9勝 6敗
1992年 9月 東前 8  9勝 6敗
1992年11月 東前 2  7勝 8敗
1993年 1月 東前 5  6勝 9敗
1993年 3月 西前 9  8勝 7敗
1993年 5月 東前 5  5勝10敗
1993年 7月 東前11  8勝 7敗
1993年 9月 西前 4  6勝 9敗
1993年11月 西前 6  7勝 8敗
1994年 1月 東前 8  8勝 7敗
1994年 3月 西前 2  9勝 6敗 敢3
1994年 5月 西小結  8勝 7敗 殊2
1994年 7月 西小結  4勝11敗
1994年 9月 東前 3  4勝11敗
1994年11月 西前 9  9勝 6敗
1995年 1月 西前 2  5勝10敗
1995年 3月 東前 6  8勝 7敗 殊3金6
1995年 5月 東前 1  5勝10敗
1995年 7月 西前 5  5勝10敗
1995年 9月 西前 9  8勝 7敗
1995年11月 東前 3  5勝10敗
1996年 1月 東前 7  6勝 9敗
1996年 3月 東前11  9勝 6敗
1996年 5月 東前 3  5勝10敗
1996年 7月 西前 6  5勝10敗
1996年 9月 西前10  9勝 6敗
1996年11月 東前 3  4勝11敗
1997年 1月 西前 8  8勝 7敗
1997年 3月 東前 3  2勝12敗1休
1997年 5月 東前13 15休    (公傷適用)
1997年 7月 東前13  9勝 6敗
1997年 9月 西前 8  7勝 8敗
1997年11月 西前 9  6勝 9敗
1998年 1月 西前13  9勝 6敗
1998年 3月 東前 8  5勝10敗
1998年 5月 西前12  9勝 6敗
1998年 7月 東前 9  4勝11敗
1998年 9月 東前16  9勝 6敗
1998年11月 西前11  8勝 7敗
1999年 1月 東前 7  8勝 7敗
1999年 3月 西前 3  5勝10敗
1999年 5月 西前 7  6勝 9敗
1999年 7月 西前11  8勝 7敗
1999年 9月 西前 7  8勝 7敗
1999年11月 東前 4  5勝10敗 金7
2000年 1月 東前 7  5勝10敗
2000年 3月 東前12  7勝 8敗
2000年 5月 西前13  5勝10敗

2001年 3月 西前12  8勝 7敗
2001年 5月 東前 9  2勝13敗


                        

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