前頭筆頭

大蛇山 酉之助
-三役に届かなかった幕内最高優勝者-

生年月日 1897年12月26日
初土俵 1916年1月
新十両 1920年1月
新入幕 1923年5月
最終 1930年10月

得意手 左四つ、寄り
四股名変遷 大蛇山
所属変遷 錦嶌
通算成績 142勝147敗27休4分5預り(38場所)
幕内成績 94勝126敗27休3分2預り(23場所)
幕内最高優勝 1回
幕内準優勝相当 1回
金星 1個


-三役に上がれなかった幕内最高優勝者-
歴代の幕内最高優勝者の中で唯一、最後まで三役昇進が叶わなかった力士。本名は茂木酉之助、1897年12月26日に秋田県羽後町で生まれたと伝えられる。

息子も大相撲の世界に入り幕下まで経験している。四股名は大蛇山。


-優勝も三役昇進はならず-
1916年1月に錦嶌部屋から初土俵を踏む。20年1月に新十両、23年5月場所で新入幕となる。

その新入幕の場所で9勝1敗1休と健闘。栃木山筆頭に休場力士が続出し、2日目には判定を巡り30分以上揉めるなど、締まりのない場所だったが、数少ない明るい話題となった。

25年1月場所では常ノ花を破り生涯唯一の金星を獲得している。

取り口は左四つの王道相撲だが、足技もあり大関候補と目されていた時期もあった。

26年5月場所、初日に関脇・常陸岩を巻き落としで破り勢いに乗るとあれよあれよと勝ち続け、好調の大ノ里が終盤に崩れる幸運もあり、10勝1敗で幕内最高優勝に輝いた。対抗戦でも118-75と西が圧勝し大蛇山は優勝旗手にも選ばれた。しかし、この圧勝劇が大蛇山自身に跳ね返ってくる。

この時点では西前頭8枚目。現在なら三役昇進確実だが、この時代は東西制であり、番付運が悪いとそうは上がれない。西は対抗戦で圧勝しており、みんな頑張ったので下がる力士は少ない。大蛇山は東前頭2枚目止まりだった。


-怪我に苦しむ-
1927年から東西合併となり、場所数が増えた。

27年は1月と3月ともに勝ち越したが、番付運に泣き1枚番付降下し東前頭3枚目となる。10月に前頭筆頭まで昇進したが、ここが最高位。怪我にも苦しみ28年以降は12場所中勝ち越し1場所と散々たる結果に終わる。

30年10月場所で4勝11敗と負け越し十両陥落が確実となり引退。引退後は錦嶌を継いだ。

27年までの勢いは間違いなく三役以上だったが、東西制下の番付運に泣いた力士だった。

                         

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