小結

松浦潟 達也
-戦火に消えた人気力士-

生年月日 1915年5月27日
初土俵 1930年1月
新十両 1936年1月
新入幕 1938年1月
最終 1944年11月

得意手 左四つ、上手投げ、吊り
四股名変遷 松浦潟→大蛇潟→松浦潟
所属変遷 立田山
通算成績 144勝130敗9休(23場所)
幕内成績 79勝85敗4休(12場所)
金星 2個
十両優勝1回、幕下優勝1回、序二段優勝1回


-戦火に消えた人気力士-
1945年3月10日、東京大空襲の日を境に行方不明となってしまった優しい目をした美男力士。特に女性ファンが多かった。

本名は牧山強臣。1915年5月27日に佐賀県唐津市で生まれた。クリスチャンでもある。


-三役昇進と空襲-
錦島部屋に入門し1930年1月に初土俵。稽古はあまり熱心ではなかったが、出世は比較的早く36年1月に20歳で新十両。

38年1月に新入幕、これを機に大蛇潟に改名したが、1場所で十両に逆戻りし、十両でも負け越し四股名を松浦潟に戻している。取り口は左四つで右からの上手投げが武器だった。

40年1月に幕内復帰を果たすと今度は番付を上げて41年5月場所で12勝3敗の好成績で小結昇進。その後も幕内上位で奮闘はしていた。43年5月場所では照國、安藝ノ海の2横綱を破り金星を獲得している。

そして迎えた1945年3月10日、本所千歳町のすぐ裏の竪川の棟割長屋に松浦潟は妻と一緒に住んでいた。

空襲で長屋にも火がつき、目撃者によると当初は松浦潟は消火活動いあたっていたが、無理と見るや深川方面に逃げていったらしい。これが最後の目撃証言でその後の消息は分かっていない。

                         

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