関脇

安芸乃島 勝巳
-歴代最多の金星-

生年月日 1967年3月16日
初土俵 1982年3月
新十両 1987年7月
新入幕 1988年3月
最終 2003年3月

得意手 左四つ、寄り、首投げ
四股名変遷 山中→安芸ノ島→安芸乃島
所属変遷 藤島→双子山
通算成績 822勝756敗78休(128場所)
幕内成績 647勝640敗78休(91場所)
幕内準優勝相当 2回
三賞 19回(殊勲7、敢闘8、技能4)
金星 16個
十両優勝1回、幕下優勝1回、序二段優勝1回

主な記録
三賞 19回(歴代1位)
金星 16個(歴代1位)

-最多の金星-
積み上げた金星は歴代最多の16個。対戦した横綱全員から金星を奪っている。

本名は山中勝巳、1967年3月16日から広島県東広島市に生まれた。

中学時代に柔道を経験し、貴ノ花にスカウトされ藤島部屋入り。82年9月に初土俵。


-大関には手が届かず-
1987年9月に新十両。これは藤島部屋関取第一号である。翌年3月には入幕する。

最初の金星は88年9月場所で大乃国から獲得。この場所は初の上位となる東前頭2枚目であったが、8勝7敗と勝ち越し、11月に小結昇進。

平幕に戻った89年1月には千代の富士から金星。その千代の富士には「攻めが遅すぎる」と評されていた。取り口は幕内力士にしては背の低い176pながら、上から相手にかぶさる形を得意とした。特に左四つになれば腰の重さはなかなかのもの。

北勝海、旭富士などの横綱に強かったことに加え、横綱を目指していた大関・小錦にも強く、小錦が横綱になれなかった理由に安芸乃島の存在がしばしば挙げられる。

一方で同じ大関候補として凌ぎを削った琴錦には滅法弱く、通算成績は9勝39敗である。他にも魁皇や大善といった苦手力士が多く、これが大関に届かなかった要因である。全体としては琴錦のような速攻相撲に弱い。

91年7月に関脇昇進。この場所の8日目に大乃国に引導を渡す白星を挙げた。

95年には小結として1月に11勝、関脇として3月に11勝し大関に近付いたが、5月は負け越し昇進を逃した。この5月は場所中に服用した抗生物質が合わず相撲どころか命も危なかったが、それでも7勝した。

これ以降は成績は下降線を辿り、平幕生活が長くなる。2001年以降は三役に顔を出す事もなくなり03年5月場所途中で引退した。


-三賞も歴代1位-
金星16個の他に三賞19回も歴代最多。内訳は殊勲賞7回、敢闘賞8回、技能賞4回である。

賜杯には縁がなく最高は12勝(1992年3月場所)で、本人にとっても賜杯に届かなかった事は心残りだった。                     

引退後は高田川部屋を継承し、後進の指導にあたっている。   

忘れたくない力士たちトップへ戻る