1984年9月場所14日目

○小錦(押し出し)千代の富士●


-入幕2場所目の小錦が千代の富士に歴史的圧勝-
1984年9月は大きな歴史の節目だった。

戦後相撲界の繁栄を支えてきた蔵前国技館の最後の場所。話題の中心には7月に全勝優勝している若嶋津の横綱昇進があった。

入幕2場所目の小錦は番付は西前頭6枚目。10日目を終えて8勝2敗と好調。これはほんの序章に過ぎず、11日目から横綱・隆の里、若嶋津、大乃国と次々と強豪力士を破っていく。

「何をやっているんだ。早く俺に当てないか」と小錦の快進撃を見ていた横綱・千代の富士との対戦は14日目に組まれた。

なんてことはなかった。小錦の突きに千代の富士は何も出来ず、吹っ飛んでいった。千代の富士本人が表現するには「ポンポーンポンの二突き半」。

千代の富士は完敗。入幕2場所目、相撲歴3年未満の力士に横綱が一方的に土俵を割るという衝撃的な取組。

蔵前国技館最後の場所で大相撲はこれからどうなってしまうのかというところまで心配させるような一番になった。

衝撃の大きさは千秋楽の表彰式後に行われた蔵前国技館のお別れセレモニーに見て取れる。

セレモニーでは満員の観衆の前で元NHKアナウンサーの志村正順氏が蔵前国技館の思い出を語った。そこで志村氏に「今に至る小錦時代」とまで言わしめた。文脈は時代時代の名力士を挙げていったもので羽黒山、千代の山、栃錦、若乃花、大鵬に続いて小錦の名前が出てきた。

入幕2場所目ながら名横綱と同じ文脈で紹介されたのである。

実際にはこの一番を刺激に受け、千代の富士が己を磨き直して大横綱への道を爆進し、主役交代とはならなかった。むしろ、確固たる主役不在の中で、これを契機に千代の富士が絶対的主役の地位を確立していった。

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