2009年3月場所14日目

○日馬富士(外掛け)朝青龍●


-日馬富士の台頭、大モンゴル時代の到来-
2003年以降、角界の中心にはモンゴル人がいた。

06年まで朝青龍が独走時代を築き、07年に入ると白鵬も横綱昇進を果たし、朝青龍以上の安定感を見せるようになった。

モンゴル勢力の勢いはこれだけで終わらない。日馬富士の台頭である。

2009年3月場所14日目、全勝だった白鵬が結び前で琴欧洲に敗れ土。続いて1敗同士の朝青龍VS日馬富士の一番。

千秋楽に横綱対決が組まれているので日馬富士は負ければ優勝の可能性が消滅する。

賜杯の行方を大きく左右する一番。

立合い、朝青龍は左で張り、右四つ左上手でがっぷり四つになれば、引きつけ寄ると日馬富士も両廻しを引きつけて凌いだが、左上手は切れた。

朝青龍が吊り上げると日馬富士は左の前廻しを掴んでこれを堪え、前廻しは切れたが逆に向正面にジワジワ寄っていく。

動きがしばし、止まり朝青龍が引きつけて吊り上げにいったところを日馬富士の右からの外掛けが鮮やかに決まり、朝青龍は背中から土俵に叩きつけられた。

朝青龍は背中にべっとりと土がつき、腰を痛めてしまい四つん這いになり立ち上がれない。日馬富士も心配し、肩を叩き立つように促すと、朝青龍懸命に立とうとするが、容赦なく座布団が朝青龍を直撃する。なんとか立ったものの、歩くのもやっと。

土俵を降りるのにも呼出しの助けを借りなければ、できない状況。

日馬富士は千秋楽の決定戦で白鵬を破り優勝。

朝青龍最強時代は完全に終焉したものの、朝青龍はこの後も白鵬と共に存在感を出し続け、いわばモンゴルの全盛期、つまりは大モンゴル時代の到来を予感させる一番だった。


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