四股名について@

力士の名前を四股名と言います。古くは「醜名」と書きました。今日は四股名について書いていきたいと思います。

現行ルールでは同じ漢字の四股名(例@)、同じ読みの四股名(例A)は認められていません。

例@ 既に「白鵬」がいるのに「白鵬」という四股名をつけること。下の名前が違ってもダメ。「白鵬」と書くが発音は全然違うというのも認められません。

例A 既に「白鵬」がいるのに「はくほう」と発音する四股名をつけること。漢字が違っていてもダメ。

ただし、同時期に例@や例Aに該当するような力士がいなければ、使用できます。Aという四股名の力士が引退すれば、Bという四股名の力士がAに改名しても問題ありません。

では「白鵬」が引退すれば、誰かが「白鵬」という四股名にしていいのか、これは恐らくダメだと思います。理由は白鵬に一代年寄が認められる可能性が高いからです。

白鵬が日本国籍を取得すればという前提になりますが、「白鵬」が「白鵬」改め「白鵬」となり「白鵬」親方して協会に残る可能性があります。こうなると他の力士は名乗れません。

また、「出羽海」、「九重」、「二所ノ関」など年寄名跡も四股名として使えません。


近年の傾向としては四股名は新しく作られるケースが目立ちます。

しかし、かつては先輩たちが使用した四股名を繰り返し使うことも少なくありませんでした。

現在でも伊勢ノ海部屋は部屋伝統の四股名を使用することが多いです。例えば、部屋所属の幕内力士である「勢」も伝統の四股名です。

伊勢ノ海部屋は47代横綱・「柏戸 剛」を輩出していますが、「柏戸」も江戸時代から伝わる四股名。1804年に雷電を破っている「柏戸 宗五郎」は相撲通の方ならご存知の方も多いでしょう。この宗五郎は4代伊勢ノ海です。


「朝潮」も由緒ある四股名です。

「朝潮」の場合は「朝潮」だけではなく「朝潮 太郎」までセットという傾向が強いです。5名が朝潮を名乗り、いずれも最終的には大関以上の力士たちです。近年では朝青龍の師匠だった高砂親方が「朝潮 太郎」の四股名で大関昇進を果たしています。その前の「朝潮 太郎」は大阪場所に滅法強く、「大阪 太郎」の異名を持ち横綱にまで上り詰めいた力士でした。


「小錦」も忘れてはいけません。

「小錦」もまた「小錦 八十吉」まで一括りにして語られることが多い四股名です。記憶に新しいのは昭和末期から土俵を沸かせた大関・「小錦 八十吉」。史上最重量力士であり、現在もタレントとして活躍されています。

横綱になった「小錦 八十吉」もいます。17代横綱・「小錦 八十吉」です。こちらの「小錦」はスピードが持ち味で、「狂える白象」の異名を持ち、色白で女性からの人気も高かったそうです。当時はまだ女性ファンは少なかったですから、ファン層を拡大させました。


「若乃花」という四股名の横綱は3名もいます。

初代が「土俵の鬼」の異名を持ち、栃錦と共に一時代を築いた「若乃花 幹士」。2代目・「若乃花 幹士」は初優勝から23場所連続2桁勝利をあげた安定感抜群の横綱でした。

3代目は「お兄ちゃん」の愛称で知られる「若乃花 勝」。弟の貴乃花と共に史上初の兄弟横綱として話題になりました。父は昭和の超人気力士の貴ノ花です。


最後に「西ノ海」の四股名を挙げさせて下さい。

「西ノ海」だけですと5名が四股名として使用しましたが、最初の2名は最高位が序二段。3代目の「西ノ海 嘉治郎」が横綱になってから3代続けて横綱です。

3名とも強豪横綱とは言い難いのですが、3代目は横綱が「称号」ではなく「地位」という考えを広めるきっかけになったことで有名。4代目は56連勝中の太刀山を破っています(太刀山は八百長と主張)。5代目は出羽一門相手に奮闘し横綱に昇進、病気を患いながらも横綱を務めました。

初めて名乗られれる四股名も少なくない一方で、こうした伝統的な四股名もあります。


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