10年前(2005年)の5月場所

5月10日から5月場所が始まった。


もうあれから10年―。10年前の5月場所は衝撃的な場所だった。

優勝したのは朝青龍、成績は全勝。ちなみに2004年、05年の12場所のうち11場所で朝青龍は優勝している。いわば朝青龍の全盛期だったわけ。その中でも05年5月場所の強さは傑出していた。

とにかく早かった。スピードも速いが、頭の回転が早く、しかも繰り出される手は最善手がほとんど。

断言はしないが、筆者の記憶違いでなければ、朝青龍は一度も俵に踵が掛からなかったはずだ。

94年9月や11月の貴乃花(9月は貴ノ花の四股名)と比較しても遜色がなかったように見えた。朝青龍は5回全勝優勝しているが、全盛期の朝青龍の中でも最高の内容。

実は当時、大学生だった筆者は大相撲から少し距離があった。ファンであったことに間違いはないにしても、相撲を見始めた頃の情熱は失われていた。1985年生まれの筆者は物心つくころから相撲を見ていて、それがまた若貴フィーバーの時期。曙、貴花田、若花田が競うように番付を上げていった。

東京の大学に進学し、入ってくる情報量が増え、その時すでに曙も、貴乃花も、若乃花も、武蔵丸も引退していた。相撲以外の様々なスポーツを見る機会に恵まれたこともあり、大相撲を見る機会というのは減っていた。

そんな再び魂をテレビ桟敷に戻してくれたのが10年前の5月場所の朝青龍の相撲振りだった。そういう場所だったからよく覚えている。きっと筆者はあの強さに貴乃花を思い出し、相撲に夢中だった少年時代を思い出したのだ。


時の流れは早く、10年がたった。

朝青龍は引退しモンゴルに帰国し、魁皇、栃東、千代大海はいずれも引退して親方になった。中でも栃東は既に副理事になっている。

この場所の東関脇を務めたのが、白鵬翔である。今や誰もが認める大横綱に成長した。当時の幕内力で現在も幕内なのはいずれも当時の番付で下記のとおり。


東関脇・白鵬
西前頭3枚目・旭天鵬
東前頭9枚目・安馬(現在の日馬富士)
東前頭11枚目・安美錦
西前頭11枚目・稀勢の里
西前頭13枚目・豊ノ島
東前頭14枚目・琴奨菊
東前頭15枚目・豪風


と、ここまで名前を挙げてみると意外に10年前の力士も残っているものなんだなと感じる。


ちなみに当時、鶴竜は西幕下12枚目、豪栄道は西序二段25枚目、照ノ富士や逸ノ城は初土俵どころか、日本に来ていないはず(少なくとも留学目的の来日前、個人的に家族旅行などでも来ていないとまでは保証できないが)。

白鵬が7連覇を目指している5月場所、多くの記憶に残るような素晴らしい場所になっていただきたい。


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