蔵前国技館跡地
-戦後を支えた蔵前跡地-

1949年に「仮設」という形でオープンし、1984年まで相撲の殿堂として君臨した蔵前国技館。

戦中から終戦直後は興行をする場所がなく、晴天興行と銘打って屋外で行った事もあった。後楽園球場晴天興行もそのひとつだった。

そしてやっと安住の地がこの蔵前国技館。ここで数々の激闘が繰り広げられ国技・大相撲は発展の道を歩んだのである。

1985年からは両国国技館がオープンし、両国の地に国技館が戻った。では蔵前国技館跡地はどうなったのだろうか、訪ねてみた。

左の写真は蔵前橋から撮影したものだ。現在は「東京都下水道局 蔵前ポンプ所 第一基幹施設再構築事務所」という名前の立派なピンク色の建物が建っていた。

調べられる限り調べたところ、どうもここが蔵前国技館跡地のようである。なにか遺物が残っていないか周辺をグルグル見回したが、そういったものは一切見当たらない。本当にここが蔵前跡地なのか自信がなくなってきた。

記念碑として残っていたのだが、浅草蔵前跡。蔵前国技館はもともと浅草蔵前、つまり幕府の御米蔵があったところに建てられた。

どうやら場所は間違えていないようだ。それにしてもなんの手掛かりも残されていないのは残念だ。




【アクセス】
都営大江戸線蔵前駅からすぐ。

【参考地図】
ここが蔵前国技館跡地という確証が持てないのであくまでも参考程度にしていただきたい。

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