時太山リンチ死事件
-時太山が稽古場でリンチされ亡くなる-

前相撲を取り終えたばかりの新弟子がリンチを受けて亡くなるという絶対にあってはならない事件が起きてしまった。

2007年6月26日、時津風部屋の時太山が約30分にわたるぶつかり稽古を受け、気分が悪くなり休んでいたという。しかし、容体が急変し病院に運ばれたが虚血性心疾患で亡くなった。

28日、会見を開いた元小結・双津竜の時津風は「通常のぶつかり稽古だった」と主張していた。

ところが、行政解剖の結果、多発外傷によるショックが死亡につながった可能性があると判定される。

そもそも新弟子である時太山の稽古時間は午前10時頃に終わっているはずなのだが、この時はなぜか12時頃にぶつかり稽古が行われていた。また、通常は5分程度のぶつかり稽古が30分にも及んでいたのも不可解な点である。

翌29日時点で、時津風は所轄の犬山署の事情聴取に対して暴行を認めた。また、兄弟子も同様に集団で暴行していた事を認めていた。

そうしたことは表に出ず、疑惑だけがくすぶる状態が続いていたが、ついに9月に入り暴行事件が立件される見通しになると連日ニュースで報道され始める。

「証拠隠滅の為に遺族に火葬を強く主張した」とか「時津風は普段は弟子思いのいい師匠だが、酒が入るとすぐに暴行する」と言ったショキングな証言も出てきた。金属バッドやビール瓶を使った暴行も証言された。

10月5日の緊急理事会で時津風は解雇処分を下される。この時点ではまだ立件されていなかったが、連日の報道過熱に押された形で処分を断行した。部屋は現役幕内力士の時津海が急遽引退して師匠となることで存続が辛うじて決まった。ちなみに時津海自身も暴行に加わっていなかったのかという声も当然出てくるが、死亡した日は関取衆は部屋にはいなかったとされている。

年が明けて2008年2月7日、愛知県警は暴行と死亡の因果関係を立証されたとして前時津風と暴行に加わった3名の兄弟子は逮捕された。

2008年12月18日、一審で有罪判決が3名の兄弟子に下ると、協会は3名を解雇した。

さらに2011年8月29日に前時津風に懲役5年の実刑判決が確定し、事件は一応の区切りを迎えた。




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