輪島廃業事件
-元横綱・輪島の花籠が年寄株を担保に借金をし廃業-

54代横綱・輪島北の湖と輪湖時代と呼ばれる一時代を築き、優勝回数14回を数えた名横綱である。2015年2月現在、唯一学士の称号を持つ横綱でもある。

現役時代は角界の常識をいくつも破ってきた。学生時代に十両・貴ノ花(後の大関)に稽古で勝ち、いくら学生横綱と言えど関取には敵わないという定説を破る。下手投げの力士は大成しないというジンクスも破り横綱まで昇進した。ランニングは腰を軽くするからと角界ではタブー視されていたが、そんなことはお構いなし。積極的に取り入れた。横綱まで本名を押し通したのも輪島のみである。

そんな輪島も1981年3月場所途中に引退を表明。師匠の長女とも結婚していたので部屋を継ぐ準備は万全だった。引退と同時に花籠を襲名しそのまま部屋の師匠に収まった。先代は定年まで年月を残していたが、角界を去った。

師匠としていきなり躓いたのは82年4月に夫人の自殺未遂騒ぎである。原因は花籠の先代遺族との金銭トラブルではないかと言われている。夫人は両方の立場でありまさに板挟み状態だった。

さらに花籠の妹が経営していたちゃんこ店が倒産。この店の借金の担保になんと年寄名跡「花籠」を入れていた事が85年10月25日に判明。

事態を重く見た協会は九州場所中に花籠を委員から平年寄へ二階級降格に処した。借金の総額は3億円以上とも言われ、借金の返済を求めて債権者が部屋に集結し騒ぎにもなった。

11月中には夫人である先代長女とも離婚。

年寄名跡は幸いにも先代夫人が9月中に買い戻していた事が判明したが、5月末から3ヶ月以上も名跡が金融業者の手に渡っていたことになる。

12月21日、理事会で花籠の廃業が決定する。弟子たちは元大関・魁傑の放駒部屋に移籍する事になった。

型破りさが売りの輪島だが少し破り過ぎた感は拭えない。輪島はその後タレントとしてTVなどで
活躍している。


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