勝負審判泥酔事件
-元小結・国登の佐ノ山が泥酔。物言いの協議に参加できず-

もつれた相撲で物言いがついた。5人の勝負審判が土俵に上がり協議が始まる、ところが1人上がってこない。

1980年11月場所12日目、序二段の取組で物言いがついたが、元小結・国登の佐ノ山が上がってこない。諸説あるが、協議に加われなかったことは一致している。

真偽は不明だが、日本語版ウィキペディアでは競技終了後に土俵に上がり、しかも降りるときに土俵に草履を置き忘れるというおまけもついたとか・・・。

いずれにしても泥酔で協議に加われないということはとんでもない大失態で、翌日の理事会で佐ノ山は勝負審判を解任された。

立てなくなるまで飲むのはさすがに良くない。参考までに序二段の取組が行われる時間帯は午前中である。当時は何時くらい開始だったか分からないが、午前10時としても、いったい何時まで飲んでいたのだろうか。

アルコールの分解は個人差があるので、一概には言えないが、やはり深夜までそれなりの量を飲んでいたと疑わざるをえない。これも個人差があるので軽々しくは言いたくないが、体重が重い人ほど酔いにくくなることもまた事実である。体重が重い人は血液量が多いからである。

一方で会場の九州国際センターまではなんとか辿り着いたようだから、座っているうちに体調が悪化してしまったのかもしれない。

残念な事件である。

なお、勝負審判は解任されたが、1990年4月の停年まで務めあげた。


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