出羽海理事長自殺未遂事件
-国会での追及を苦に(?)現役理事長が自殺を図る-

1957年3月2日、国会の衆議院予算委員会で社会党の辻原弘市議員が灘尾弘吉文部大臣に対して相撲協会の財団法人としてのあり方を質問をした。

これを受けた協会は迅速に反応。早速改革案を作成し3月23日に提出した。主な内容は以下の通り。


☆寄付行為の改正

☆十両以上の力士に月給制を導入する

☆十両以上の力士を社会保険に加入させ、相撲協会の負担で民間保険会社の傷害保険にも加入させる

☆15場所以上協会に在籍した幕下以下の力士にも退職金を支給する

☆茶屋制度は存続。しかし、桟敷販売に規制を加える上に協会が茶屋に払っていた手数料を全廃する

☆桟敷席の当日販売分を増やす


4月3日には衆議院文教委員会でもこの問題が取り上げられ、協会から元幕内・出羽ノ花の武蔵川理事が理事長代理として出席した。元横綱・常ノ花の出羽海理事長は病気という理由で欠席した。

この委員会では武蔵川理事が思いのほか優れた答弁をし話題にもなる。

4月11日に文教委員会は相撲協会改善策として以下の内容を灘尾大臣に提出した。


☆広く相撲を普及させる為の相撲専修学校の設立

☆茶屋制度をなるべく廃止する

☆桟敷席を椅子席に改める

☆力士の待遇改善


さあ、改革に取り組むぞという機運が盛り上がった矢先の5月4日、出羽海が国技館の割腹自殺を図った。幸いにも発見が早かった為に一命は取り止めた。自殺を図った短刀は相撲博物館から持ち出したものだったことが分かっている。遺書も応接室に置かれていた。

自殺のはっきりした原因は不明だが、国会で取り上げられた問題が一因になっていると見られている。特に茶屋制度に関しては運営が出羽一門関係者によってほぼ独占状態であり、茶屋制度の廃止は彼らにとって死活問題になる。2012年1月現在でも案内所14番、白豊は当時の出羽海の常ノ花の長女が経営している。


理事長は元横綱・双葉山の時津風が就任し、圧倒的なカリスマの下で改革が進むのではないかと期待された。しかし、改善策の中で実行に移されたのは力士のサラリーマン化のみだった。

まず大衆に相撲を広めるはずの相撲専修学校は相撲教習所という協会に入った新弟子を養成する機関にとどまった。一応、最近はごく稀に一般のファンを招いて講義をしているが、この項目は改革として×だろう。

続いて茶屋制度をなるべく廃止するだが、これは相撲サービス会社という謎の会社を立ち上げた。名前こそ変えたがやっていることは変わらず既得権益は守られた。2012年現在でもコンビニなどで買える席は高くて見ずらい状態が改善されておらず、この項目も文句なしで×である。

そして桟敷席を椅子席に改めるであるが、これは2階席に椅子席が導入され一定の前進があり△といったところ。


結局見せかけの改革で世論の追及をかわす事に成功し、特に相撲茶屋制度に関しては2012年現在も聖域となっている。命を賭して出羽海が守りたかったものはこれなのだろうか。


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