ナイター興行
-打ち出し(終了時刻)は午後8時。1場所限りのナイター興行-
午後6時に打ち出し―。大相撲ファンなら常識である。

一方で休日ならまだしも、平日のそんな時間に観戦に行けるファンは少ないのではない、打ち出しを遅くしたらどうかという声はしばしば聞く。

なるほど、17時に仕事を終えたサラリーマンはよほど近い職場でなければ、間に合わない。間にあったとしても結びとその前の何番かを見るだけになってしまう。

実際にそれをやったことはあって、1955年9月場所がそうだ。

場所自体は横綱・鏡里が優勝。13勝した松登と千代の山と引きわけた若ノ花が場所後に大関昇進するなど、なかなか盛り上がった場所ではあった。

しかし、評判はいまひとつ。

@力士のコンディション調整の難しさ
力士は朝方人間である。本場所にはいると多少起床時間は遅くなるが、それでも早く起きる生活が染み付いてるわけだから2時間遅くなるとだいぶ違ってくる。番付下位力士は通勤ラッシュを避けられるのでよさそうなものだが、当時は今ほどの通勤ラッシュはなかったのかもしれない。また、番付社会なので優先されるのは関取の意見だろう。

A新聞社が遠隔地向けの版に間に合わない
その日の取組記事が翌日の新聞に載らず、翌々日になってしまったら興ざめだ。そこまでいかなくても記者だってプロとはいえ、ある程度余裕を持った環境で記事を書きたいだろう。ファンにとってもインターネットなど地球上に存在していない時代の話だから、重要な問題だ。現在は午後8時打ち出しでも問題ないと思われる。

Bファンの帰りが遅くなる
当時は交通機関も現在ほど発達していないし、街灯も少なかった。都内のファンならまだしも、見たい取組に間に合ったはいいが、今度は帰りの汽車に間に合わず泊まりになってしまうファンも増えただろう。全体として遅くしているのだから当然といえば、当然なのだが・・・。

Cサラリーマンは切符の買い方をよく知らなかった
宣伝不足なのか、そもそもサラリーマンは切符の買い方をよく知らなかった。まだ、気軽に相撲という時代ではなかったようだ。

Dテレビ、ラジオ業界からの反発
切符の買い方はあまり知られてなくてもテレビやラジオで中継はされていた。これがゴールデンタイムにずれ込むと放送する方にも不都合は生じる。


結局、各方面からのブーイングもあって1場所限りで打ち切られた。


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