雪の全勝行進
-大相撲史上最高の優勝パレード-

戦争に召集され、その後は捕虜になり伸び盛りの5年間を失うなど数々の不運の宿命に苦しんだ吉葉山潤之助。彼が唯一優勝し、横綱昇進を決めたのが1954年1月場所、成績は15戦全勝だった。

千秋楽にあたる1月24日は大雪が降りやまぬ天気で、東京の積雪は31.5pを計測。横浜では40p、立川も40p、浦和は43pと現在の感覚では考えられない積雪である(追記:1985年生まれの筆者はそう思っていたが、2014年2月7日に東京都心で積雪27cmを記録。関東地方の方はあの雪をイメージすると近いのかもしれない)。

ちなみに1954年の冬はどちらかというと暖冬傾向で農家は麦の徒長を心配していたほどだったが、この日は溜まった物を吐き出すような大雪となった。


千秋楽で鏡里を大相撲の末に破ると、観客は大狂乱。この日は吉葉山の優勝を見ようと早朝から国技館は満員。表彰式では自然発生的に3回、満場の歓呼が起きた。当時の新聞は「いつもの千秋楽にはない感激の場面だった」と絶賛。国技館前には2台のオープンカーが用意されたが、既に全国から駆け付けたファンに取り囲まれている。立往生状態。車に乗り込み賜杯を手にファンに手を振る吉葉山。

大雪の中、車はファンをかきわけながら浅草橋を抜け両国橋を渡ってから東両国の高島部屋に到着。車が到着すると割れるような祝福の歓声があがった。

そして部屋では盛大に宴が行われた。今だもって、この吉葉山の雪中パレードが史上最高の優勝パレードとして名高い。

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