後楽園球場晴天興行
-史上空前、80000人の大観衆が集結-

アジア太平洋戦争も戦局が悪化するにつれ、人々の生活は苦しくなっていった。大相撲界もこの戦争で本当に多くのものを失った。苦しい生活の中で人々にとって大相撲はどういう存在だったのか、それを窺い知れるのが後楽園球場で行われた1944年5月場所の晴天興行である。

この年の2月に相撲の殿堂・両国国技館も軍部に接収されてしまい、後楽園球場で開催した。グラウンドに桟敷席を設け、スタンドをイス席として使用した。

ハイライトは7日目。快晴の日曜日となったこの日。後楽園球場には人、人、人が詰めかけた。グラウンドは満員、スタンド席もほとんどが埋まり協会発表では63000人とされたが、実際には80000人以上が集結したとされる。

80000人も観客が入ったことなど大相撲の歴史長くとも前例はなく、空前の入りである。2015年2月15日現在もこの記録は破られていない。

生活が苦しくなる一方だった当時の人々にとって大相撲がどれだけ心の支えになっているのかが分かる。

同年11月にも再び後楽園球場で晴天興行が行われた。これは1945年1月場所を繰り上げて行われたもので、1月に屋外で行うのは寒くて開催が難しいという理由からだ。この時は戦況の悪化が進み、多くの力士や観客が鉄兜を持参し集結した。この時も最高で60000人を超える観衆が集まったと伝えられている。


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