大錦全勝優勝大騒動
-国技館の観衆が最も熱狂した日-

明治末期から大正時代にかけてまさに無敵だった横綱・太刀山。横綱として7年間君臨しながら3敗しかしなかった超強豪力士である。

判官びいきという言葉があるように、いつの時代も強すぎる横綱が負けると観客は熱狂する。いわんやその日まで7年間で2敗しかしていない力士であればなおさらである。

1917年1月場所千秋楽、結びは全勝の太刀山と同じく全勝の大関・大錦の楽日全勝相星決戦となった。

5回の仕切り直しの後、猛然と立った大錦がもろ差しで難攻不落の横綱を土俵際まで追い詰める。太刀山も左の巻き替えを狙うが、叶わないと見るや、小手投げを打つが決まらず。大錦が腰を落として寄り立て、遂に東に寄り切った。

場内は表現出来ない熱狂に包まれた。大衆席から上流階級が座る正面桟敷まで観客は総立ちになる。帯、羽織、座布団が舞う。灰皿、火鉢、蜜柑も飛び交う。さらに興奮の余り土俵に上って逆立ちをする者や、大錦に泣きながら飛び付く者まで現れ、国技館は崩れんばかりの大騒ぎ。

見たという人物の証言では双葉山70連勝ならずの一番など他にも観客が暴走することはあったが、比較にならない古今未曾有の大騒動だったとされる。

それだけ太刀山が強過ぎたということだろう。強い横綱が負けを期待されるのは宿命である。


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